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福岡地方裁判所久留米支部 昭和37年(わ)112号 判決 1966年12月14日

主文

被告人三名を各懲役弐月に処する。

但し被告人三名共本裁判確定の日から弐年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は、これを三分し、その一を被告人等の負担とする。

被告人三名はいずれも公務執行妨害罪の公訴事実につき無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人三名は、いずれも国鉄労働組合(以下単に国労と略称する)の組合員であつて、本件当時、被告人吉木は国労門司地方本部長崎支部肥前山口分会の執行委員長、被告人山下は同支部長崎分会の執行委員長、被告人牛嶋は国労門司地方本部の業務部担当の執行委員であつたものであるが、昭和三七年二月国鉄労働組合は国鉄当局に対し年度末手当の増額支給等(基準内賃金の〇・五カ月分プラス三、〇〇〇円)を要求して団体交渉に入り、数度に亘り折衝を重ねたが妥結するに至らず、交渉は行きづまりの状態であつたところ、同年三月二七日に至り、同様交渉中の少数組合たる国鉄動力車労働組合等において年度末手当を〇・四カ月分プラス一、〇〇〇円とすることで国鉄当局と妥結するや、国労はこれを多数組合の団交権の否認であるとして従来の闘争方針を強化し、各地方本部に対し同月三〇日午後一〇時以降翌三一日午前八時までの間に、運輸・運転関係の職場を指定し、勤務時間内二時間の時限ストを実施すべき旨の指令第二四号を発し、これに基き、国労門司地方本部では、久留米駅を闘争処点に指定し三月三一日始発から二時間の勤務時間内職場集会をひらくことを指令した上、鳥栖支部、長崎支部、志免支部の組合員一五〇名の動員を指令した。被告人等はいずれも右指令に応じ同月三〇日夕刻までに久留米駅に争議遂行の目的で参集したのであるが、同駅における闘争の責任者として門司地方本部より派遣されていた同本部書記長寺崎隆之は、闘争を効果あらしめるため、久留米駅の東、西両てこ扱所にそれぞれ数十名の組合員を配置し、これにピケをはることを指示したため、同日午後六時過ぎ頃には本件東てこ扱所の室内に十数名、階段及びその周辺に二〇名余の組合員がピケをはり、同てこ扱所の管理者である国鉄久留米駅長松下敬馬の管理を排除してこれを占拠するに至つたのであるが、その際、被告人等はいずれも右ピケに参加し、被告人山下は同日午後六時過ぎ頃、同吉木は同日午後八時頃、同牛嶋は翌三一日午前零時頃、それぞれ右東てこ扱所に立入り、もつていずれも人の看守する建造物に故なく侵入したものである。

(証拠の標目)(省略)

(法律の適用)

被告人等の判示各所為は、各刑法第一三〇条、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号、第二条第一項に該当するので、所定刑中懲役刑を各選択し、所定刑期範囲内において被告人三名を各懲役二月に処し、尚刑法第二五条により被告人三名共本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予することとし、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文によりこれを三分しその一を被告人等の負担とする。

(弁護人等の主張に対する判断)

住居侵入罪不成立の主張について。

弁護人等は、国鉄労組の幹部が組合員のいる職場に組合活動のために立入ることは当然に許さるべきことであり、本件東てこ扱所も亦組合員のいる職場であつて、従来から組合幹部が自由に出入りしていた場所であるから、被告人等がこれに立入つたことは住居侵入罪を構成しない旨主張する。

成程、国鉄労組の幹部が組合活動のため、組合員の勤務している職場に立入ることは、それが平穏にして且つ勤務の支障を来さない方法において行われる限り、偶々職場の管理権者の意思に反することがあつても尚許容さるべきものと解される。蓋し、右のような形での職場の立入りは組合活動のためという正当な目的を有し、且つ職場に対する管理権者の支配権を極度に侵害する程のものでもないからである。しかしながら、前掲各証拠によれば、本件においてはさして広くもないてこ扱所に労組員十数名が入り込み、てこ扱所へ通ずる階段には約二〇名が間げきもない程に坐り込み、右職場と外部との交通を全く遮断した状態において、しかも相当長時間に亘つてこれを占拠していたことが認められるから、管理責任者である久留米駅長の右職場に対する管理権は完全に排除されていたものというべきである。被告人等はいずれもこのような事態の下で、多数の占拠者の一員として東てこ扱所に立入つたものであるから、仮に、被告人等が組合活動の目的を有していたとしても正当な行為として許容されるいわれはなく、住居侵入罪を構成するものと解すべきであるから、弁護人等の右主張は理由がない。

(公務執行妨害罪の公訴事実に付て無罪の理由)

本件公務執行妨害罪の公訴事実の要旨は、久留米駅東てこ扱所に対する国鉄労組員の侵入占拠(前認定の住居侵入)によつて列車の正常な運転が阻害される虞れがあつたので、鉄道業務並びに施設について警備の任務を有する鉄道公安職員藤田喜多雄外約六〇名が同月三〇日午後八時二〇分頃から約七分間及び翌三一日午前二時二〇分頃から約三五分間の二回に亘り同所入口階段附近に侵入していた国鉄労組員を退去させるに際し、これを妨げる目的で、(一)、被告人吉木定、同山下森市は他の国鉄労組員数名と共謀の上、同月三〇日午後八時二二分頃から約五分間右同所において、前記職務執行中の鉄道公安職員約六〇名に対し、数十回に亘り水を浴びせかけ、(二)、被告人吉木定、同牛嶋辰良は他の国鉄労組員数名と共謀の上、同月三一日午前二時二〇分頃から約三〇分間右同所において、前記職務執行中の鉄道公安職員約六〇名に対し、数十回に亘り水を浴びせかけ、もつて公務員の職務を執行するに当り、これに対し暴行を加えたというにある。

第二一回公判調書中被告人牛嶋辰良、同吉木定及び同山下森市の各供述記載部分、第七回公判調書中証人藤田喜太雄、第八回公判調書中証人森盛枝、第九回公判調書中証人村山冨久生、第一〇回公判調書中証人深川種彦の各供述記載部分、押収にかゝる写真九二枚(前同号の一三)によれば、右公訴事実記載のとおり、被告人等が鉄道公安職員に対し水を浴びせかけた事実を認めることができる。

しかしながら、当裁判所は鉄道公安職員は本件におけるような強度の実力をもつてピケツトを張つた労働組合員を排除する職務権限を有しないものと解する。従つて、鉄道公安職員の本件実力行使は違法という外なく、これに対し右公訴事実記載の行為をなしても公務執行妨害罪は成立しないというべきである。

以下、その理由を示す。

検察官は、本件鉄道公安職員の実力行使の法的根拠として、日本国有鉄道法第三二条第一項に基づく鉄道公安職員基本規程(昭和二四年国鉄総裁達第四四六号)第三条及び鉄道営業法第四二条第一項第三号第三七条を挙げる。

しかし、不法占拠者であつてもこれを実力で排除することは所謂人身の自由の侵害にあたると解されるので、憲法第三一条にいう法律の定める手続によらなければならないというべきところ、右鉄道公安職員基本規程は国鉄総裁達に過ぎず、憲法第三一条にいう「法律」にあたらないと解するのが相当であるから、これを根拠に実力を行使することは許されないものといわなければならない。

そこで、鉄道営業法第四二条の規定が本件実力行使の根拠となり得るか否かを検討するに、同条第一項によれば、鉄道係員は、旅客及び公衆が同法第三七条の罪を犯したとき、即ち、停車場その他鉄道地内に妄りに立入つたときは、これを車外又は鉄道地外に退去せしめることを得るものとされている。ところで、右に謂う「退去せしめることを得」るとは如何なる趣旨か。単に口頭により退去要求をなし得るにとどまるものか、それとも、相手方がこれに応じないときは具体的状況に応じ必要にして且つ最少限度の実力を用いて退去を強制し得ることも含むか。弁護人は前者を主張し、検察官は後者を主張する。おもうに、右に謂う「退去せしめることを得」るとは単なる口頭による退去要求にとどまらず、緊急を要する場合等特別の事由ある場合には、人身の安全を危殆に陥らせない程度の軽度の実力をもつて退去を強制することができるものと解するのが相当である。けだし、鉄道業務が高度の技術性を持ち、厳格な正格性と迅速性が要求され、且つこれが社会公共のために果す役割も極めて大きいところから、鉄道施設内における秩序維持は公共の福祉の見地からも常に厳しく要請されるものというべく、従つて、鉄道施設内の秩序をみだす行為は或る程度の実力をもつてしてもこれを排除是正すべきものというべきであるが、他方、実力による退去強制は人身の自由の侵害を伴うものであり、しかもそれが強度に亘る場合は人身の安全をおびやかすものであるから、同条が単に車外又は鉄道地外までの退去を認めているにすぎないとはいえ、同条が私有鉄道の「鉄道係員」による退去強制にも適用され、且つ比較的軽微な違反行為者に対しても適用されるものであることを考え合せると、排除のため必要ならば如何なる程度の実力をも行使し得ると解することはできないものというべく、従つて結局、人身の安全をおびやかさない程度の軽度の実力をもつて排除し得るに留まるものと解するのが至当だからである。福岡高裁昭和三五年三月二日判決に謂う「暴行に亘らない実力による退去の強制」も右と同趣旨と考える。飜つて本件をみるに、鉄道公安職員が右第四二条に謂う「鉄道係員」に該ること明らかであり、又、本件東てこ扱所の占拠者が同法第三七条に謂う「停車場その他鉄道地内に妄りに立入りたる者」に該当することも、その占拠の態様からしてたやすく肯定されるところである。しかしながら、第七回公判調書中証人藤田喜太雄の供述記載部分、第八回公判調書中証人森盛枝の供述記載部分、第九回公判調書中証人村山冨久生の供述記載部分、第一〇回公判調書中証人深川種彦の供述記載部分、第一五回公判調書中証人宮崎茂の供述記載部分、第一八回公判調書中証人大石克己、同黒川富通及び同宮崎薫の各供述記載部分、第一九回公判調書中証人田上和夫の供述記載部分、第二〇回公判調書中証人吉田孝美の供述記載部分、当裁判所の検証調書並びに押収にかゝる写真九二枚(昭和三八年押第三号の一三)を総合すれば、昭和三八年三月三〇日午後八時二〇分頃及び翌三一日午前二時二〇分頃の二回に亘り行われた本件鉄道公安職員の実力行使は次のようなものであつたことが認められる。即ち、幅員〇・九米、高さ約三・九米の狭隘かつ急傾斜の木造階段にそれぞれ二、三名づつ、或は坐り込み、或は階段の手すりにしがみつく等していた組合員に対し、鉄道公安職員数十名が、手や足や衣服等を掴えて引張り或は二、三名でかゝえ上げる等所謂ごぼう抜きの方法により、組合員を階段から十数米離れた鉄道敷地内に送り出したものであること、しかもその際、組合員側において、強固にスクラムを組み、手すりにしがみつき、手足をばたつかせたりして抵抗したこと等のため、双方に数名の軽傷者がでた程に激しいものであつたことが認められる。果してそうだとすれば、本件鉄道公安職員の右実力行使は著るしく強度であつて鉄道営業法第四二条の予想する退去強制の範囲を超えているものといわざるを得ない。そうすると、本件鉄道公安職員の実力行使の法的根拠を鉄道営業法第四二条に求めることはできない。

もつとも、鉄道公安職員は、「鉄道公安職員の職務に関する法律」により司法警察職員としての職務権限を有し、又、何人といえども現に犯罪が行われている場合は現行犯逮捕をなし得るのであるから、捜査のため、或は現行犯逮捕のためであれば、鉄道公安職員も強制的な措置をとり得ることは当然であるが、しかし本件の実力行使はそのいずれでもなく、単に不法に占拠している者を排除するためになされたものであるから、右司法警察職員としての職務権限及び現行犯逮捕の権限をもつて本件実力行使の根拠となすを得ないこと明らかである。

以上説示したとおり、本件における鉄道公安職員の職務執行は、法律に基かない違法なものであつて、しかも鉄道公安職員が行政警察のための職務権限を行使すべき場合においては、本件におけるような強度の実力行使が許容されることは全くあり得ないというべきものであるから、これに対し公訴事実記載の行為をなしたとしても公務執行妨害罪は成立しないというべきである。

よつて、被告人三名に対し、刑事訴訟法第三三六条前段により、公務執行妨害罪の公訴事実につき無罪の言渡をする。

よつて主文のとおり判決する。

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